「薬を選ぶ」から、「自分の薬を作る」へ

個別化医療という言葉は、これまで「その患者に合う薬を選ぶ」という意味で使われることが多かったように思います。

がんであれば、腫瘍の遺伝子変異を調べ、その特徴に合う治療薬を選ぶ。例えば特定の遺伝子変異があれば、その変異を標的とする薬を使う。患者ごとに治療を変えると言っても、基本的には、すでに存在する薬の中から適切なものを選ぶという考え方でした。

今回Natureが報じたModernaとMerckの個別化mRNAがんワクチンは、その意味を少し変えようとしています。

第III相試験では、手術を終えた進行悪性黒色腫の患者約1,100人を対象に、患者ごとに作られたmRNAワクチンと免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブを併用した群が、ペムブロリズマブ単独群より長く再発せずに生存したと発表されました。

詳細なデータは今後の学会発表を待つ必要があり、長期的に生存期間を延ばすかもまだ分かりません。それでも、患者ごとに異なるワクチンを作る治療が、大規模な後期臨床試験まで進んだことには意味があります。

患者に合う薬を選ぶのではなく、患者ごとに薬を作る

このワクチンでは、まず患者の腫瘍を解析し、がん細胞だけに生じている変異を調べます。その変異によって生まれるネオアンチゲンの中から、免疫反応を起こしやすいものを選び、それを標的とするmRNAワクチンを患者ごとに設計します。

同じ悪性黒色腫の患者であっても、投与されるワクチンは同じではありません。ここが、従来の個別化医療との大きな違いです。これまでは患者を遺伝子変異などで分類し、最適な既存薬を選ぶことが中心でした。今回は、患者の腫瘍情報を出発点にして、その人のための薬を新たに作ります。個別化の対象が、治療の選択から医薬品そのものへ広がっています。

個別化が進むほど、製造の仕組みが重要になる

ただ、この治療を多くの患者に届けようとすると、別の難しさが出てきます。

腫瘍組織を採取し、遺伝子を解析し、候補となるネオアンチゲンを絞り込み、mRNAを設計して製造し、患者へ届ける。記事によれば、現在はこうした工程に数カ月かかる場合があります。

がんの進行を考えれば、この時間は決して短くありません。個別化医療が「どの薬が効くかを見つける」段階から、「一人ひとりの薬を実際に作る」段階へ進めば、製造速度、品質管理、物流、コスト、規制のあり方まで変わってきます。

一方で、mRNAには個別化との相性の良さもあります。患者ごとに配列は変わっても、mRNAを作る基本的な製造技術は共通化できます。製品は一人ひとり違う。けれども、それを作るプラットフォームは共通にする。この組み合わせが、患者ごとの医薬品を一定の規模で作ることを可能にするのかもしれません。

今回の試験結果は、mRNAがんワクチンがすぐに広く使えるようになることを意味するわけではありません。詳細な有効性や安全性、長期的な効果、製造期間やコストなど、確認すべきことはまだ多くあります。ただ、個別化医療という言葉が指す範囲は少しずつ変わっているように見えます。

自分に合う薬を探すことから、自分のための薬を作ることへ。

そうなれば、医薬品産業が長く前提としてきた「同じ薬を大量に作り、多くの患者に届ける」というモデルにも、別の選択肢が加わることになります。個別化医療の次の課題は、薬を設計できるかだけではなく、一人ひとり違う薬を、必要な時間の中でどう作り、届けるかになっていくのだと思います。

今回参考にした記事はこちらです。

https://www.nature.com/articles/d41586-026-02612-3