薬ではなく、「使える状態」に対価を払う

医薬品のビジネスは、基本的には多くの患者に使われるほど売上が増える仕組みです。ところが、抗菌薬ではこの前提が成り立ちません。

抗菌薬は、使いすぎれば耐性菌を増やす可能性があります。新しい薬を開発しても、できるだけ適正に使い、必要以上には処方しないことが社会にとって望ましい。そのため、販売量を増やすことと、公衆衛生上の価値を高めることが一致しません。

今回の日経新聞の記事では、塩野義製薬が米国政府から抗菌薬の開発・供給に最大約770億円の支援を受けることや、英国で処方量にかかわらず一定額を支払う仕組みが紹介されています。

抗菌薬への支援拡大だけではありません。新しい動きとして、薬の価値を、どれだけ売れたかとは別の尺度で評価しようとしています。

「売れた量」と「社会にとっての価値」が一致しない

抗菌薬開発の難しさは、研究そのものだけではありません。新薬を作るには長い時間と多額の費用が必要ですが、発売後は耐性菌を増やさないために使用を抑える必要があります。収益性が低ければ、企業は研究開発から撤退します。

一方で、耐性菌はなくなりません。むしろ既存の抗菌薬が効かない菌が増えれば、新しい治療手段を持ち続ける必要性は高まります。

それゆえに社会は、「なるべく使わない薬」を継続して開発し、製造し、必要な時にはすぐ使える状態で維持しなければなりません。

英国の定期定額型の仕組みは、この矛盾に対する一つの答えです。処方量ではなく、必要な抗菌薬を使える状態で維持していることに対価を払う。米国の支援も、開発だけでなく生産体制や政府調達まで含め、一定の需要を見通せる環境を作ろうとしています。

ここでは、薬そのものではなく、研究、人材、製造、供給を含む「能力」を維持することが価値として認識されています。

平時には割高でも、失ってはいけないものがある

記事後半にある原薬の国内生産も、同じ問題を映しています。

海外から安価に調達できる原薬を国内で生産すれば、コストは高くなります。価格だけで考えれば輸入する方が合理的です。しかし、安い輸入品だけを選び続ければ、国内の設備や技術者は維持できません。そして海外からの供給が途絶した時、国内で作ろうとしてもすぐには戻せない。

抗菌薬の研究開発でも同じことが起きます。塩野義が長年研究基盤を維持してきたからこそ、他社が撤退した後にも新薬開発を続けることができた。研究者や実験系、製造技術は、一度なくなれば資金を投入するだけですぐ元に戻るものではありません。

効率性だけを見れば、使わない薬や割高な生産能力を維持することは無駄に見えるかもしれません。しかし、危機が起きた時に必要になる能力は、危機が起きてから作り始めても間に合わない。

だからこそ、抗菌薬では「いくら売れたか」だけでなく、「必要な時に使える状態を維持できているか」に価値を置く必要があるという考え方になります。

これは抗菌薬だけの特殊な話ではないのかもしれません。感染症対策、ワクチン、医薬品の安定供給など、平時の効率性だけでは維持しにくい技術や能力はほかにもあります。

社会に必要なイノベーションが、必ずしも販売量と利益だけで持続するとは限らない。だとすれば、技術の特性に合わせて、何に対価を払うのかという市場の側も設計し直す必要があります。抗菌薬は、そのことをかなり分かりやすく示しているように思います。

今回参考にした記事はこちらです。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO98439110Y6A820C2BZ0000/