承認されても、新薬が届かない時代へ

新薬が日本の患者に届かないという問題は、これまでも「ドラッグロス」という言葉で繰り返し議論されてきました。日本で開発されない、あるいは申請されないため、海外では使える薬が日本では使えない。そうした状況です。

今回の日経新聞の記事が伝えているのは、少し違うケースです。乳がんと2型糖尿病の新薬が、すでに日本で製造販売承認を取得しているにもかかわらず、薬価が決まらず、発売に至っていません。通常、承認から薬価収載までは原則60日以内、遅くとも90日以内が目安とされていますが、いずれもそれを大きく超えています。

承認を得れば、あとは患者に届く。そんな単純な流れではなくなっているようです。

上市順を考えること自体は、新しい話ではない

製薬企業が、どの国でどの価格を設定し、どの順番で上市すればグローバルで事業価値を最大化できるかを考えることは、以前から行われてきました。各国が他国の薬価を参照する制度もあり、低い価格が他市場へ波及することを避けるため、発売国や時期を慎重に選ぶことは薬価戦略の一部でした。

その意味では、「日本の薬価が他国に影響するから上市を慎重に考える」という構図そのものが新しいわけではありません。

今回少し違って見えるのは、その影響先に世界最大の医薬品市場である米国が入ってきたことです。米国では、海外の低い薬価を参照して国内価格を抑える政策が進み始めています。記事によれば、メディケイドではすでに一部導入され、メディケアでも海外19カ国の価格を参照する仕組みが予定されています。

これまでなら、日本で低い薬価を受け入れることは、主として日本市場での収益性の問題でした。これからは、その価格が米国での収益にも影響する可能性がある。企業にとって日本の薬価は、日本だけの損益では判断しにくくなります。

アクセスの壁が「承認後」にも現れる

ここで気になるのは、患者アクセスのボトルネックが移動していることです。

ドラッグロスでは、日本で治験が行われない、開発されない、申請されないことが問題になってきました。これに対して今回のケースでは、開発も申請も行われ、承認まで到達しています。それでも、価格をめぐる判断によって発売されない可能性がある。

これは従来の意味でのドラッグロスとは少し違います。ただ、患者から見れば、承認されていても使えないという結果は同じです。

日本政府も、革新的医薬品の薬価を維持しやすくする制度改正を進めてきました。それでも市場拡大再算定などによる将来の薬価引き下げ余地が残り、円安も加わるなかで、日本市場の予見可能性をどう高めるかは引き続き課題になります。

もちろん、薬価を高くすればよいという単純な話ではありません。日本には国民皆保険があり、医療へのアクセスと財政の持続可能性を両立させる必要があります。一方で、価格を抑えることだけを重視した結果、新薬そのものが入ってこなくなれば、アクセスを守るはずの制度が別の形でアクセスを狭めることになります。

薬価制度は、医療費を管理する仕組みであると同時に、その国に新薬を投入する価値があるかを企業が判断する市場環境の一部でもあります。

承認されるかどうかだけを見ていればよかった時代から、承認された薬が本当に発売され、患者まで届くのかを見る時代へ。日本の新薬アクセスを考えるとき、見るべき範囲がもう一段広がっているように思います。

今回参考にした記事はこちらです。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA032XP0T00C26A8000000/