ノイズだった光が、生命のシグナルに変わるとき
生きているものは、ごく弱い光を放っています。人間の目では捉えられないほど微かな光ですが、高感度のカメラや検出器を使えば、植物、動物、人の皮膚などから放出される光子を測ることができます。
2025年には、生きたマウスと死後のマウスを撮影した画像が注目を集めました。生きたマウスでは体の輪郭に沿って光が検出された一方、死後にはその多くが消えたのです。まるで生命そのものを写したようにも見える画像でした。
ただ、生物が微弱な光を放つこと自体は、新しい発見ではありません。こうした光はバイオフォトン、あるいは超微弱光子放出と呼ばれ、1950年代には測定機器によって存在が確認されていました。主な発生源は、細胞内の代謝反応です。ミトコンドリアでエネルギーを作る過程などで生じた活性酸素に関連する分子が、安定した状態へ戻るとき、光子を放出します。
今回新しいのは、光が存在することではなく、その光を生命の状態を読む情報として扱える可能性が見え始めたことです。
代謝の副産物から、状態を映すバイオマーカーへ
細胞が感染、損傷、酸化ストレスなどにさらされると、微弱光の放出が増えることが知られています。植物の葉に小さな傷をつけた実験では、傷口から光が生じ、その範囲が時間とともに広がる様子も観察されました。
がん細胞と正常細胞では代謝状態が異なるため、放出される光の強さやパターンにも違いが生じる可能性があります。実際、脳の正常細胞と膠芽腫細胞、正常な皮膚細胞と悪性黒色腫細胞の間で、異なる光のパターンが報告されています。ほくろと悪性黒色腫を、組織を採取せずに識別できないかを調べる研究も始まっています。
これまで背景ノイズのように扱われていた微かな光が、代謝活動や酸化ストレスを映す新しいバイオマーカーになるかもしれない。そこに、この研究領域の現在地があります。
ただし、細胞で違いが見えることと、患者の診断に使えることは同じではありません。光は極めて弱く、体内の組織や皮膚を通過する間に散乱します。マウスの皮下腫瘍を画像として捉えようとした研究でも、決定的な信号は得られませんでした。新しいシグナルを見つけることと、臨床で再現性のある検査へ変えることの間には、まだ大きな距離があります。
細胞は光を出すだけでなく、読んでいるのか
さらに議論を呼んでいるのが、バイオフォトンが細胞間の情報伝達に使われている可能性です。
細胞を透明な仕切りで隔てても、隣り合う細胞の活動に変化が生じたとする研究があります。遮光すると影響が消える実験も報告されています。しかし再現性は十分ではなく、空気中を移動する化学物質など、光以外の原因を完全に排除できていない研究もあります。
現時点で確かなのは、生きた細胞が代謝に伴って光を放つことです。その光を別の細胞が受け取り、行動を変えているかどうかは、まだ仮説の段階です。もし細胞が光を使って情報を伝えていると確認されれば、生命活動の理解は大きく変わるでしょう。ただ、そこには慎重な再現と検証が必要です。
バイオフォトン研究は、長く疑似科学的な説明とも結びつけられ、主流の研究者が距離を置いてきた領域でした。ところが、測定技術の進歩によって、現象の存在と解釈を分けて調べられるようになりつつあります。
科学の進歩は、まったく新しいものを見つけることだけではありません。以前からそこにありながら、弱すぎて測れなかったもの、意味のない揺らぎとして扱われていたものを、情報として読み直すことでもあります。
バイオフォトンが診断法や治療法にまでつながるかは、まだ分かりません。それでも、ノイズに見えていた微かな光が、生命の状態を映すシグナルとして研究され始めたこと自体に、科学の視野が少し広がる瞬間を見ることができます。
今回参考にした記事はこちらです。